![]() ノブオ タカノ 写真展 -------------------------------------------------------------------- |
| ■春浅い3月、パリ・セーヌ左岸を走るメトロの中で僕はいくつもの孤独の影達と遭遇した。 それらはまるで幻影のように僕の前を通り過ぎていった。 ノブオ タカノ ■ ノブオ タカノ タカノの写真との始めての出会いは、日本での幼年期まで遡る。8歳の時、伯母がドイツから持ち帰ったカメラが彼を虜にする。それ以来現在まで、彼の人生の中心には常に写真が存在することになる。 13歳の時、父親の仕事の関係でブラジルへ移住し、イタリア系家族の中で成長する。 1970年代、サンパウロで写真に対する情熱を追い求める彼は、フォトジャーナリストとして、数々の新聞社の仕事をする。しかし、その頃から、ファション産業の多文化的・国際的魅力が、彼をファション写真へと駆り立てることになる。1985年に、日本人としては初めてVOGUE BRAZILのフォトグラファーとなる。 その他、プレイボーイ、エル、クラウジアモーダ、マネキン、カプリッショ、コスモポリタン、ノーバ等のモード誌及び広告媒体の写真を多く手掛け、ブラジル第1線フォトグラファーとしてのポジションを設立する。1987年、広告アートをはじめとしたヨーロッパの最新クリエイティブシーンを体験吸収するため、イタリア、スペインへ渡る。 1990年、活動の拠点を日本へ移し、ノブオタカノ・スタジオを設立する。同年、富士フォトサロンにて個展を開催し、高い評価を得る。彼のユニークな写真スタイルは多くの企業や出版社の目に留まり、エキゾチックで鮮烈な作風は、パルコ、電通、コマーシャルフォト誌、プレーボーイなどで取り上げられ評判になる。 その後、三越、東レ、テイジン、富士フィルム、東芝EMI、GO等の作品でポジションを確立する。 日本人の繊細な感性とブラジル。ラテンの奔放な色彩感覚がミックスされた、独自の写真スタイルで、常に時代の先を行く作品を撮り続けている。2000年より、パリに活動の拠点を移し、東京、ニューヨーク、サンパウロを飛び回る多忙な生活を送っている。 |