簾田勝俊 写真展
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高級インクジェットペーパーのピクトリコ(旭硝子)、プロフォトペーパー(キャノン)の開発者として、世界に広く知られる元キャノン(株)主席研究員の簾田勝俊氏は写実的な絵画表現と色彩表現を探求し、越前和紙の伝統技術と最新技術を融合したデジタル印画紙の開発を進めながら、欧州各地や国内を駆け廻り、光と影の美の世界を描い写真作品を妹尾三郎氏のディレクションにより展開しました。

簾田勝俊(Katsutoshi Misuda)

長野県上田市に生まれる。実家は漬物、ワインの製造業を営む。その長野の実家には戦時中、日本画家伊藤深水松林桂月等の画家が疎開し、多くの絵を残していた影響から、本人も若い頃日本画を描いていた。
長野県立上田高校卒業後、単に普通の給料取りにはなりたくないという理由から日大芸術部写真学科を受けようとしたが、親の反対に会い早稲田大学理学科地球科学に進学。
1972年卒業、同年に日アス株式会社入社、技術やとして研究所でアルミナファイバー「ルビル」を開発し、自ら命名した。1979年日アス退社、翌年旭硝子株式会社入社、研究所でデジタル印画紙「ピクトリコ」を開発し命名した。現在でも「ピクトリコ」は高画質紙の代名詞としてよく知られている。1995年旭硝子退社、キャノン株式会社入社、1999年最高級印画紙「プロフォトペーパー」をメディア設計部長として開発、現在キャノン株式会社主席研究員、さらに新しいデジタル印画紙を開発している。デジタル印画紙の開発者としては世界的に知られデジタル画像再現技術の第一人者。開発の仕事の関係で欧州を百回以上訪問、欧州の美に引かれていく。
この間、特許200以上出願。2003年冬より写真を本格的に撮り始める。2004年日本カメラ誌8月号に写真記事掲載。2004年8月キャノン協賛アートスペース瑠璃写真個展「心象欧州」。

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